a)熱処理一般

1101
(3.74)
熱処理
heat treatment
 固体の鉄鋼製品が全体として又は部分的に熱サイクルにさらされ、その性質及び/又は組織に変化をきたすような一連の操作。
備考 鉄鋼製品の化学成分がこの操作の間に変化することもある。
1102 光輝熱処理
bright heat treatment
 保護雰囲気中などで熱処理することによって、表面の高温酸化及び脱炭を防止し、表面光輝状態を保持する熱処理。
備考  光輝焼なまし(bright annealing)
 光輝焼ならし(bright normalizing)
 光輝焼入れ(bright hardening)
 光輝焼戻し(bright tempering)などがある。
1103 雰囲気熱処理
controlled atmosphere heat treatment
 炉内の雰囲気ガスを目的によって調節して行う熱処理。
備考雰囲気ガスには酸化性、還元性、不活性、浸炭性、窒化性などの種類がある。
1104 真空熱処理
vacuum heat treatment
 真空中で加熱して行う熱処理の総称。
備考 真空焼なまし(vacuum annealing)
真空焼入れ(vacuum hardening)
真空焼戻し(vacuum tempering)などがある。
1105 イオン衝撃熱処理
ion bombardment heat treatment , plasma heat treatment
 減圧雰囲気中で陰極とした処理物と陽極との間に起こるグロー放電を利用した表面処理。
1106 電解熱処理
electrolytic heat treatment
 電解液又は塩浴中で陰極とした処理物と陽極の間で通電し、処理物を加熱後冷却する熱処理。
1107 塩浴熱処理
salt bath heat treatment
 塩浴中で行う熱処理。
1108 拡散浸透処理
diffusion coating
 表面に他の金属元素又は非金属元素を拡散浸透させる熱処理の総称。
備考1.拡散被覆処理又はセメンテーション(cementation)ともいう。
2. アルミナイジング(aluminizing)又は
カロライジング(calorizing),
ガルバナイジング(galvanizing),
サルファライジング(sulphurizing),
クロマイジング(chromizing),
シリコナイジング(siliconizing),
シェラダイジング(sheradizing)などがある。
1109
(3.149)
加工熱処理
thermomechanical treatment
 最終の塑性加工がある温度範囲で行われ、熱処理だけでは繰り返して得られない特定の性質をもつ材料状態を生じさせる加工工程。
備考準安定オーステナイトの温度範囲で塑性加工した後、マルテンサイト変態を行わせるオースフォームなどがその代表的なものである。
1110 制御圧延
controlled rolling
 熱間圧延法の一種で、鋼片の加熱温度、圧延温度及び圧下量を適正に制御することによって、鋼の結晶組織を微細化し、機械的性質を改善する圧延。
備考制御圧延のうち、
a)主として、Mn-Si系高張力鋼を対象に低温のオーステナイト域で圧延を終了するものを古典的制御圧延、
b)未再結晶域で圧延の大部分を行うものを含む制御圧延を熱加工圧延
と呼ぶことがある。
1111 加速冷却
accelerated cooling
 主として、厚板圧延工程において行われる制御冷却で、制御圧延に引き続き変態温度域を空冷よりも速い冷却速度で冷却することによって、鋼の結晶組織を調整し、機械的性質を改ざんする冷却方法。
備考 加速冷却設備を用いて圧延ライン上で単に急冷し、焼入処理を行う冷却方法は、加速冷却に含まない。
1112 熱加工制御
thermo-mechanical control process
 制御圧延を基本に、その後空冷又は強制的な冷却を行う製造法の総称。

備考1.熱加工圧延及び加速冷却がこれに含まれる。ただし、古典的制御圧延だけの場合は含まない。
2.TMCPと呼ぶことがある。

図1 熱加工制御

1113
(3.133)
安定化熱処理
stabilizing
 時間経過による寸法、又は組織の変化を防ぐことを意図した鉄鋼製品の熱処理。
1114
(3.134)
安定化焼なまし
stabilizing annealing
 化合物、例えば、安定化オーステナイト系ステンレス鋼における炭化物の析出又は球状化をする目的で、850℃近辺で行う焼なまし。
1115
(3.126)
灼熱
soaking
 温度が一定に保たれる熱サイクルの部分。
備考当該温度が、例えば、炉のものか、製品の表面か、製品の断面についてのものなのか、又は製品その他の安定点を指すのかを、規定する必要がある。
灼熱処理
soaking
 主として、材料の内外の温度差が少なくなるようにする目的で、適切な時間、一定の温度に保持すること。
1116
(3.7)
オーステナイト化
austenitizing
 鉄鋼製品の組織がオーステナイトになるような温度で行う処理。
備考もし変態が完全でない場合には、部分的オーステナイト化と呼ぶ。
1117
(3.8)
オーステナイト化温度
austenitizing temperature
 鉄鋼製品がオーステナイト化時に保持される最高の温度。
1118 硬化
hardening
 時効、加熱・冷却の処理などで硬さを増す操作。
備考時効硬化、析出硬化、焼入硬化、、肌焼硬化などの種類がある。
1119 シーズニング、枯らし(からし)
seasoning
 鋳物の鋳造内部応力を除去するため、長年月放置する操作。
備考最近では、一般に応力除去焼なましが行われる。
1201
(3.52)
拡散
diffusion
 物質を構成している原子が熱エネルギーによって移動する現象。
備考拡散変態、析出、回復、再結晶、浸炭などはいずれも原子の拡散によって進行する。
拡散処理
diffusion treatment
 鉄鋼表面に持ち込まれた元素(例えば、浸炭、ほう化又は窒化などによって)を製品の内部に向かって拡散させることを意図して行う熱処理(又は操作)。
1202
(3.53)
拡散域
diffusion zone
 熱化学処理の間に形成された表面層。その処理の間に持ち込まれた元素を固溶又は部分的に析出した状態で含有している。
備考1.これらの元素の含有量は、中心に近づくにつれて連続的に消失する。
2.拡散域の析出物は、窒化物、炭化物などである。
1203
(3.106)
過熱及び過灼熱
overheating and oversoaking
 過剰な結晶粒成長を生じるような、ある期間、温度条件下にさらされる加熱。
備考過熱は温度効果、過灼熱は時間効果によるものとして、区別することができる。過熱及び過灼熱された鉄鋼製品は、製品の性格に応じて、適切な熱処理又は熱間加工によって再処理してもよい。
1204
(3.19)
バーニング
burning
 結晶粒界の融合によって引き起こされる組織や性質の非可逆的な変化。
備考後の熱処理や機械加工又は加工と熱処理の組み合わせの作業で、初めにもっていた諸性質を回復できない現象。
1205
(3.120)
再結晶
recrystallization
 冷間加工などで塑性ひずみを受けた結晶が加熱されるとき、内部応力が減少する過程に続いて、ひずみが残っている元の結晶粒から内部ひずみのない新しい結晶の核が発生し、その数を増すとともに、各々の核は次第に成長して、元の結晶粒と置き換わっていく現象。
備考再結晶を起こす温度を再結晶温度という。この温度は金属及び合金の純度又は組成、結晶内の塑性ひずみの程度、加熱の時間などによって著しい影響を受ける。
再結晶熱処理
recrystallization
 冷間加工された金属内で、相の変化なしに、核生成及び成長によって新しい結晶粒が発達することを意図した熱処理。
1206
(3.68)
結晶粒粗大化
grain coarsening
 Acをはるかに超える温度で結晶粒成長をもたらすに十分な時間行われる熱処理。
1207
(3.69)
結晶粒微細化
grain refining
 鉄鋼製品の結晶粒を微細化し、結果的に起こる均一化を目的とした熱処理。
備考Ac(過共析鋼においてはAc1)をわずかに超える温度に加熱し、この温度に長く保持することなく、適切な速度で冷却することからなる。
1208
(3.45)
(3.46)
脱炭
decarburization
 鉄鋼製品の表面における炭素の欠乏。
備考この欠乏は、部分的(部分的脱炭)か、名目上完全(完全脱炭)かのいずれかである。二つの形式の脱炭(部分的及び完全)の和は、全脱炭と呼ばれる(ISO 3887参照)。
脱炭処理
decarburizing
 鉄鋼製品の脱炭を意図した熱化学処理。
1209
(3.47)
脱炭層深さ
depth of decarburization
 鉄鋼製品の表面と、炭素層の欠乏している層の厚さを特徴づける限界との距離。
備考1.その深さを表示する用語には、全脱炭層深さ、フェライト脱炭層深さ、特定残炭率脱炭層深さ、実用脱炭層深さなどがある。
2.この限界は、脱炭の種類によって変わり、組織状態、硬さ水準又は変化しなかった母材の炭素含量(ISO 3887参照)若しくはその他の規定の炭素含量によって規定される。
1210 白点
flace, white spot
 鋼材の破面に現れる白色の光沢をもったはん点。
備考1.以前には、低合金鋼の大形鍛鋼品などにしばしば認められた。
2.熱間加工後の冷却過程で生じる変態応力、水素の析出に伴う内部応力などで誘発される内部き裂と考えられる。
1211 水素ぜい(脆)化
hydrogen embrittlement
 鋼中に吸収された水素によって鋼材に生じる延性又はじん(靱)性が低下する現象。
備考この現象は、酸洗い、電気めっきなどの場合に生じることが多い。また、引張応力が存在すると割れに至ることが多い。
1212 赤熱ぜい性
red shortness
 熱間加工の温度範囲で鋼がもろくなる性質。
1213 青熱ぜい性
blue shortness
 200〜300℃付近で鋼の引張強さや硬さが常温の場合より増加し、伸び、絞りが現象して、もろくなる性質。
備考青熱ぜい性と呼ばれるのは、この温度範囲で、青い酸化皮膜が表面に形成されるためである。
1214 低温ぜい性
cold shortness
 室温付近又はそれ以下の低温で、鉄鋼の衝撃値が急激に低下して、もろくなる性質。
1215 σぜい性
sigma embrittlement
 σ相の析出分離によって起こるぜい化現象。
備考σ相とはクロムを20%以上含む高クロム鋼、高クロムニッケル鋼などに現れる金属間化合物。
1216
(3.56)
変形
destortion
 熱処理で起こる鉄鋼製品の形状や寸法における変化。
1217 経年変形
secular distortion
 室温で長年月の間に材料の寸法・形状が変化すること。
1218
(3.146)
熱き裂
thermal crack
 加熱又は冷却によって、直ちに又は遅れをもって鉄鋼製品に生じるき裂。
備考一般に、き裂という用語は、加熱割れ、焼割れなど、き裂の現れる条件を示すことによって分類されている。
1219 鋳鉄の成長
growth of cast iron
 鋳鉄が変態点の上下の温度で加熱・冷却が繰り返されたときに起こる不可逆的な異常膨張現象。
1301 変態
transformation
 温度を上昇又は下降させた場合などに、ある結晶構造から他の結晶構造に変化する現象。
備考磁気変態のように必ずしも結晶構造の変化を伴わないものもある。
1302
(3.43)
(3.152)
変態点
critical points
特定の合金の変態温度。
変態温度
transformation temperature
 相変化の起こる温度で、変態が温度範囲にわたって起こるときは、変態が開始し、終了する温度。

備考鋼については、次のような主要な変態温度が区別される。
Ae1オーステナイトの存在下限を定義する平衡温度
Ae3フェライトの存在上限を定義する平衡温度
Aem:過共析鋼においてセメンタイト存在上限を定義する温度
Ac1加熱時、オーステナイトが生成し始める温度
Ac3加熱時、フェライトがオーステナイトへの変態を完了する温度
Acm:加熱時、過共析鋼中のセメンタイトが完全に溶解する温度
Ar1冷却時、オーステナイトがフェライト又はフェライト、セメンタイトへの変態を完了する温度
Ar3冷却時、フェライト変態が始まる温度
Arm:過共析鋼において、オーステナイトの冷却の間、セメンタイトが生じ始める温度
Ms:冷却の間にオーステナイトがマルテンサイトに変態し始める温度
Mf:冷却の間、オーステナイトがほとんど完全にマルテンサイトに変態した温度
Mx:冷却の間に、オーステナイトのx%がマルテンサイトに変態した温度

図2 変態点

1303 磁気変態
magnetic transformation
 強磁性体から常磁性体へ、又は常磁性体から強磁性体への変化。
備考結晶構造の変化は伴わない。
1304
(4.5)
α鉄
alpha iron
 911℃よりも低い温度での純鉄の安定な状態・
備考1.その結晶構造は、体心立方である。
2.768℃(キュリー点)よりも低い温度では強磁性である。
3.768℃〜910℃までの温度範囲では常磁性である。
1305
(4.16)
δ鉄
delta iron
 1392℃から融点までの温度範囲での純鉄の安定な状態。
備考1.その結晶構造は、体心立方で、α鉄と同じである。
2.常磁性である。
1306
(4.19)
フェライト
ferrite
 1種以上の元素を含むα鉄又はδ鉄固溶体。
備考δ鉄の固溶体をδフェライトともいう。
1307 初析フェライト
pro-eutectoid ferrite
 亜共析鋼を高温から冷却する際に、共析変態に先立ってオーステナイトから析出するフェライト。
1308 シリコ・フェライト
silico-ferrite
 ねずみ鋳鉄及び可鍛鋳鉄のように多量のけい素を含むフェライト。
1309
(4.21)
γ鉄
gamma iron
 911℃〜1392℃までの温度範囲での純鉄の安定な状態。
備考1.その結晶構造は、面心立方である。
2.常磁性である。
1310
(4.6)
オーステナイト
austenite
 1種以上の元素を含むγ鉄固溶体。
1311
(4.48)
固溶体
solid solution
 2種以上の元素によって形成される均一な固体の結晶質の相。
備考溶質原子が溶媒原子を置換している置換型固溶体及び溶質原子が溶媒の原子間に挿入されている侵入型固溶体に区別されている。
1312 共晶
eutectic
 冷却の過程で、一つの融液から二つ以上の固相が密に混合した組織への変化、又はその反応で生じた組織。
備考平衡状態図で共晶成分より合金元素濃度が少ないときには亜共晶(hypo-eutectic)、多いときには過共晶(hyper-eutectic)という。
1313 共析
eutectoid
 冷却の過程で、一つの固溶体から二つの固相が密に混合した組織への変態又はその変態で生じた組織。
備考平衡状態図で共析成分より合金元素濃度が少ないときには亜共析(hypo-eutectoid)、多いときには過共析(hyper-eutectoid)という。 
1314 析出
precipitation
 固溶体から異相の結晶が分離成長する現象。
1315 偏析
segregation
 合金元素や不純物が不均一に偏在している現象又はその状態。
1316
(4.9)
しま状組織
banded structure
 顕微鏡観察断面に現れる熱間加工の方向に平行なしま状に観察される組織。
備考熱間加工時にしま状に存在した偏析帯とその他の部分の変態相が異なるためにしま状に観察される。
1317 炭化物
carbide
 炭素と一つ又はそれ以上の金属元素との化合物。
備考特に二つ以上の金属元素を必要成分とする物を複炭化物(double carbide)という。
1318
(4.11)
セメンタイト
cementite
 Fe3Cの化学式で示される鉄炭化物。
1319 初析セメンタイト
pro-eitectoid cementite
 過共析鋼を高温から冷却する際に、共析変態に先立ってオーステナイトから析出するセメンタイト。
1320
(4.41)
パーライト
pearlite
 オーステナイトの共析分解によって形成されるフェライトとセメンタイトの層状集合体。
1321
(4.25)
結晶粒度
grain size
 顕微鏡観察断面に現出された結晶粒の大きさ。
備考1.一般にはこれを比較法又は切断法によって求めた粒度番号で表す。
2.オーステナイト結晶粒度の試験方法はJIS G 0551に、また、フェライト結晶粒度の試験方法はJIS G 0552に規定している。
1322
(4.51)
ウイドマンステッテン組織
Widmannstaetten structure
 母相固溶体の特定の結晶面に沿う新しい相の形成によってもたらされる組織。
備考亜共析鋼の場合、顕微鏡観察断面において、それはパーライトを背景とした針状フェライト組織として現れる場合が多い。過共析鋼の場合には、針状組織はセメンタイトからなる。
1323 双晶
twin
 一つの結晶粒の中で、結晶格子の構造は同じであるが、ある一定の面(双晶面という。)を境界にして、互いに鏡面対称となっているような結晶。
備考一般の金属に見られる双晶の種類としては、変形双晶(deformation twin)、変態双晶(transformation twin)、焼なまし双晶(annealing twin)がある。
1324 焼なまし双晶
annealing twin
 焼なましして再結晶や結晶粒成長が起こるときに現れる双晶。
1325 共晶黒鉛
eutectic graphite
 共晶状の微細な片状黒鉛、又は可鍛鋳鉄の焼なまし以前に既に白鋳鉄(白銑)中に存在する黒鉛。
備考後者をモットル(mottle)ともいう。
1326 片状黒鉛
graphite flake, flake graphite
 ねずみ鋳鉄中に生じる片状の黒鉛。
備考ばら状黒鉛(graphite rosette)、共晶黒鉛(eutectic graphite)もこれに含まれる。
1327 球状黒鉛
spheroidal graphite , nodular graphite
 マグネシウムなどで処理して製造した球状黒鉛鋳鉄に生じる密な球状の黒鉛。
1328 白鋳鉄、白銑
white iron
 共晶セメンタイトとパーライトからなり、黒鉛を含まない銑鉄。
1329 バーミキュラ黒鉛
virmicular graphite
 球状黒鉛と片状黒鉛との中間的な芋虫状の黒鉛。
備考コンパクト黒鉛(compacted graphite)ともいう。